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松本良光ブログ『教務さんができるまで』

一人前目指して日々奮闘しているお坊さんブログです

心だって汚れる

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 法話で「生きてりゃ心だって汚れる」という話をすると、「そんなこと考えたこともなかった」「目からウロコです!」という反応がよく返ってきます。でも、よくよく考えると、私達は心と体の両方を使って生きてます。何もしなくたって体が汚れるのと同じように、心だって汚れるんです。それに、人に汚される事もあれば、自分で汚してしまう事だってあります。だから、毎日お風呂に入って体をキレイにするように、心もキレイにすることが大切。もちろん、そのために仏教、ご信心があるのです。

御教歌
湯あみして 顔やからだを あらひども
心を洗ふ 人もなきかな

 毎日お風呂に入って体を洗う人は多いけれど、毎日心をキレイにする人は少ないもんだと、お示しの御教歌です。

 私達は今、沢山の人達と生きていく中で、色んな言葉を交わし、行動を共にしています。その言葉や行動、見たり聞いたり、あれこれ考えたことが、自分の心を汚すこともあれば、人の心を汚すこともあります。時として、ワザと汚したり、汚されたりすることもあるでしょう。なので、どんなにキレイ好きでも、汚れずに生きる事はできません。汚れながら、汚しながら生きるのが人間です。
 ただ、心の汚れは目に見えないし、臭いません。なので、心が汚れるだなんて「そんなこと考えたこともなかった!」「目からウロコです」となるでしょうし「心を毎日キレイにする」という発想なんて普通は無いでしょう。

 でも、汚れた眼鏡じゃ、ちゃんと前が見えないし、汚れた鏡じゃ、ちゃんと姿が映らない。それと同じで、汚れた心じゃ目で見たこと、耳で聞いたことを、ちゃんと心で把握することが出来ません。人の言動を誤解したり、悪いようにしか受け止められなかったり。すると、心の中では怒り、恨み、憎しみといった感情が生まれたり、自分のことを過剰に責めたり、深い悲しみに陥ったり。まさに、心の汚れは、新たな汚れを生み出し、そんな心から生み出された言動が、更に人の心まで汚してしまうのです。
 よって、心の汚れは、体の汚れより厄介で、自分だけの問題にとどまりません。私達一人一人が心の汚れを自覚し、キレイにすることを心がければ、自分の人生が変わるだけでなく、みんなの人生も変わり、世の中全体すら変わっていく可能性があるのです。

 では、どのようにして心の汚れを落とせばいいのか。
 私達は自分の顔を自分で見ることができません。なので、鏡を見ながら、石鹸などを使いキレイにします。それと同様、私達は自分で自分の心を見ることができません。なので、「南無妙法蓮華経」の御本尊を目で見ながら、「南無妙法蓮華経」と口で唱えて心をキレイにします。

 たとえ、美しい景色を見て「心が洗われた」と感じたり、みんなと楽しい時間を過ごして「心がスッとした」と感じたりしたとしても、汚れそのものをキレイに落とさないと、根本的解決には至りません。毎日、御本尊に向かって手を合わせ、自分自身と向き合い、「南無妙法蓮華経」とお唱えする。その声を耳で聞き、心にまで届ける。そうやって、その日の汚れを、その日の内にキレイに落としておく。
 体も心も、生きてるだけで汚れます。この社会で生きておれば尚更です。お風呂に入って体をキレイにするように、日常生活の中で、ご信心をさせていただき、心をキレイにする習慣を身につけましょう。必ずや今までよりも生きやすい毎日になっていきます。汚れが落ちた分だけ、心は軽くて、明るくなるのですから。
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 月一法話

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